知らないおじさんと一緒に時代劇を観たことはあるだろうか。
こういうところで流すテレビって、人の噂話を延々と討論するワイドショーとかじゃないの?と、席についた瞬間ツッコみたくなった。
テレビが流れる店はあまり得意ではなく、特にのんびりしたいときに偶然入った喫茶店でワイドショーが流れていると、ちょっと憂鬱だ。
この喫茶店の大画面で映し出されるのは、往年のスター高橋英樹主演の時代劇だった。3年前、サンドウィッチマンが所属するグレープカンパニーへ移籍したニュースがお笑いファンにとっては記憶に新しい。なぜ?という疑問が今だに脳裏に浮かぶ。
でも、それよりもなぜ?と問いたくなることがこの人にはあった。
中学校の同級生で「ヒデキ」と呼ばれているKさんがいた。
私立の女子校に通っていたので、もちろん女の子しかいない。先生にも「ヒデキ」という名前の人はいないし、当時人気だったアイドルにもヒデキはいなかったと思う。
「あの子、高橋英樹のことが本気で好きなんだよ。あまりに好きだから、あだ名が『ヒデキ』になったの」と、友人が言う。
みんながSMAPやKinKi Kidsの出る歌番組に夢中になっている間、ヒデキはいつだって時代劇を観ていた。サイン帳の好きな番組には「桃太郎侍」と書かれていたし、気づけばわたしも彼女のことを「ヒデキ」と呼んでいた。
だけど、10代の女の子に高橋英樹の良さを理解することはあまりに時期尚早で、「変わった子もいるもんだな」と思うに留まっていた。
ヒデキのことを思い出したのち、改めて喫茶店のテレビで時代劇を見る。
困っている庶民を機転を効かせて救い、かっこいいけれど酒が弱くどこか憎めないキャラクターで、実はどこかのお殿さま。出会った娘に色目を使われても気づかない鈍感さという、女子がキュンとなりやすいギャップ萌えがこれでもかと詰め込まれていた。
現れるとその場が華やぐオーラ、キリッとした佇まい。暗号として使われる突然のウィンク。
わ、かっこいい……!それに、なにをしてても艶っぽい。主人公ひとりを輝かせることに徹底した物語もその魅力に拍車をかける。
「いま、スパゲッティが茹で上がったから、これから作るからもう少し待っててね」というマダムの言葉から何分たっだだろうか。
わたしのナポリタンを作り終わったマスターは、テレビの前で物語の続きを観る。
その後ろ姿込みでテレビを観るわたし。
気づけばアイスコーヒーを片手にエンドロールまで観てしまった。そういえば、父親も時代劇ばかり観ていたな。あの頃はうんざりしていたけれど、今になってこの世界の素晴らしさのかけらが分かる。
いつかまたヒデキに会う機会があったら、前のめりになってこの興奮を伝えてしまうかもしれない。
純喫茶で東京をめぐる旅 墨田区本所〈スナック&喫茶 下町〉店舗外観
〈下町〉があるのは、大江戸線蔵前駅から厩橋を渡り、春日通りをまっすぐ進むと通り沿いに見えてきます。どの駅からも少し離れていて、ほかは本所吾妻橋駅か両国駅が近いかな。
赤い装飾テントにアーチの窓にレンガ造りがかわいい。
三角屋根の看板もどっしりした風貌がいい。
中の写真は撮り忘れましたが、奥にゲームテーブルがありましたよ!
純喫茶で東京をめぐる旅 墨田区本所〈下町〉メニュー
ランチタイムは700円でオムライス、カレーライス、ナポリタン、ミートソース、チャーハン、スタミナ(焼肉定食的なの)が選べます。プラス200円でコーヒーがつけられます。
甘めのトマトソースがスパゲッティによく絡み、ハムとマッシュルーム、玉ねぎとピーマンが華を添えます。
銅製(たぶん)のタンブラーでキンキンに冷えたアイスコーヒーを。
この日の最高気温は36度。顔から湯気が出そうな暑さのなか、だいぶ救われました。時代劇の良さを知れたのも、この夏の良き思い出です。
純喫茶で東京をめぐる旅 墨田区本所〈スナック&喫茶 下町〉店舗情報
向島の純喫茶〈マリーナ〉でナポリタンを